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競艇選手

【大全集】モンキーターンのモデル一覧!実在の競艇選手を紹介

モンキーターンのモデル
青年
青年
  • モンキーターンのモデルって誰なの?
  • モンキーターンのモデルになった人達を教えて欲しい!
蒼波しずく
蒼波しずく
任せて!

この記事でわかること

  • モンキーターンとは?
  • モンキーターンのモデルになった選手

およそ1600人いると言われているボートレーサーですが、その1人1人に「ボートレーサーになりたい」と考えた理由があります。

その理由は周囲の勧めや高収入に惹かれてなど色々あります。また面白い理由では幼少期にテレビ番組で当時好きだったボートレーサーと共演してその撮影が終わったあとも交流を続け、それを契機に選手になった人もいます。

そんな中、一部の若手選手の志望動機に漫画の「モンキーターン」を読んで、というものが挙がっています。この漫画は実在する選手をモデルにボートレーサーについて描かれており、ボートレースの事をよく知らない人にとってもバイブル的存在と言えます。

今回はその「モンキーターン」に出てくる選手のモデルになったとされる選手について解説していきます。

モンキーターンのモデル一覧!実在の競艇選手を紹介

「モンキーターン」とは、2010年にNHKで放送されたドラマ「とめはねっ!鈴里高校書道部」などの作者として知られる河合克敏さんが、1996年から2004年にかけて週刊少年サンデーで連載していた漫画で、2004年にはテレビ東京系列でアニメ化した作品です。

野球少年だった主人公・波多野憲二は高校生活最後の夏の甲子園で予選で敗退しますがその後、ボートレースファンの担任やOGであるレーサーにレース場に連れていかれてボートなどに魅了されたことでレーサーになることを決意し、研修所を卒業して波乱万丈のレーサー生活を描いています。

モンキーターンのモデル選手一覧

「モンキーターン」に登場する人物のうち、レーサーに当たる人たちは当時現役で活躍していた選手をモデルにしている例が少なくありません。

ここではモンキーターンに登場するレーサーについてと、そのモデルになった選手について解説いたします。なおデータはすべて2021年4月末のものとなります。

主人公「波多野憲二」のモデルは3名

波多野憲二

主人公である波多野憲二は人懐っこく、物怖じしない性格で他人を惹きつける魅力的な人物であり、訓練時代は転覆を繰り返し、「転覆王」と呼ばれます。

しかし卒業後は頭角を現し、デビューから3年4か月後にはビッグレースを優勝するまでに成長します。

その直後、落水事故で左手を切断しかける重傷を負うも、懸命のリハビリで半年後には見事復帰を果たします。

そんな主人公のイメージとしてモデルとなった競艇選手は3名います。

濱野谷憲吾選手をメインに、手の負傷などのエピソードは平田忠則選手、転覆王のエピソードは今村豊元選手がモデルとされています。

それぞれ解説します。

波多野憲二のモデル①:濱野谷憲吾選手

波多野憲二と濱野谷憲吾
登録番号登録期
359070期
生年月日身長
1973年11月8日169cm
体重血液型
57kgA型
出身地支部
東京都東京
級別備考
A1SG優勝4回、G1優勝22回

1992年にデビューした濱野谷憲吾選手は、1996年に7回もの優勝を決め、ボートレース福岡で開催された勝率上位者が集まる「SG全日本選手権」に出場する快挙を成し遂げました。

ところが、同大会で1日に2回も転覆する珍事で全国にその名が知られることになります。

ですが、その事故から2年後の1998年、同じくボートレース福岡で開催されたSG全日本選手権でSG初優勝を達成します。

ちなみにお兄さんの憲尚さんは日本中央競馬会に所属する調教助手であり、2020年1月までは騎手として活躍しており、「ムテキング」などのニックネームでも親しまれています。

波多野憲二のモデル②:平田忠則選手

波多野憲二と平田忠則
登録番号登録期
389880期
生年月日身長
1976年11月13日166cm
体重血液型
56kgA型
出身地支部
福岡県福岡
級別備考
A1G1優勝4回

車の整備士に憧れて、工業高校・工業大学で車の勉強を専攻していましたが、大学生時代に知人にボートレース福岡へ連れて行ってもらったところ『整備もできて速い乗り物にも乗れる仕事』を募集しているポスターに興味を持ち、大学を中退しボートレーサーへの道を歩みます。

車好きは今もなお続いており、ベンツやポルシェを所持していたことがあり、現在ではフェラーリを所持しています。

また、免許も普通自動車免許とボートレーサー必須の船舶4級は勿論、大型自動二輪、牽引自動車、大型第二種の運転免許証を所持しています。

波多野憲二のモデル③:今村豊選手

波多野憲二と今村豊
登録番号登録期
299248期
生年月日身長
1961年6月22日162cm
体重血液型
50kgA型
出身地支部
山口県山口支部
級別備考
A1(引退時)SG優勝7回、G1優勝48回

2020年10月、惜しまれつつ現役を引退した今村豊選手は、デビューからわずか280日でG1出場、360日でSG初出場を成し遂げるなどのスピード出世で話題になりました。

歴史を重ねてもなおその栄光は途絶えず、引退までの通算優出回数は1位の410回、さらに42歳となった2004年には公営競技初の通算獲得賞金20億円突破、5月18日に年間獲得賞金1億円を突破するなど輝かしい成績を残してきました。

このような記録を残しつつも、「人と喧嘩したことない」「勝負師の気質がない」と自身の性格を分析し、またマスコミに対しても紳士的で信頼性が高く、ファンからも人気ある選手として有名でした。

青島優子のモデルは2名

青島優子

波多野憲二の同期で褐色肌とペンギン柄のヘルメットがトレンドマークの女性レーサーです。青島優子は研修中に父親を亡くしたため、一家を支えていく大黒柱となりました。そんな彼女のモデルとなった選手は2選手います。

青島優子のモデル

それぞれ解説します。

青島優子のモデル①:日高逸子選手

青島優子と日高逸子
登録番号登録期
318856期
生年月日身長
1961年10月7日155cm
体重血液型
46kgA型
出身地支部
宮崎県福岡
級別備考
B2G1優勝2回

2021年時点で現役最年長女性ボートレーサーとして活躍する日高逸子選手は、男女混合のG1レースで、97年5月以降最多の5優出を誇り、また2014年には4096万5000円を稼いで女子選手の賞金トップになったこともあります。

そんな彼女は「グレートマザー」の愛称で親しまれていますが、その理由としては前述の強さは勿論、2人の娘さんを出産してから共にわずか3ヵ月で復帰したことなどが挙げられるでしょう。

レースに出場している間の娘さんの世話は、夫であり主夫の邦博さんがやっており、その時の様子や邦博さんとの出会いなどを邦博さん自身が書いた本もあります。

青島優子のモデル②:中里優子選手

青島優子と中里優子
登録番号登録期
357970期
生年月日身長
1972年12月27日153cm
体重血液型
47kgA型
出身地支部
東京都埼玉
級別備考
A2優勝6回

中里優子選手は濱野谷憲吾選手と同期で、同じくボートレーサーの中里昌志選手と結婚するまでは、阿部優子としてお姉さんの雅子さんと共に姉妹レーサーとして活躍していました。

優勝経験こそ少ないですが、2015年のレディースチャンピオンの優勝戦では6コースから2着に入った実績もあります。

ちなみにボートレーサーの中里選手は先述の昌志選手の他に中里英夫選手がいますが、英夫選手は「ナカザト」、昌志・優子夫婦は「ナカサト」と読みます。

洞口雄大のモデルは「仲口博崇選手」

洞口雄大

「愛知の巨人」と呼ばれる武雄を父親に持つものの、そんな父親の話になると嫌悪感を見せ、自分の主張を譲らないほど父親との仲は悪い関係。

そんな親子の会話がない洞口雄大のモデルは、実際に父親も元レーサーだった仲口博崇選手がモデルとされています。

洞口雄大と仲口博崇
登録番号登録期
355469期
生年月日身長
1972年8月3日164cm
体重血液型
53kgA型
出身地支部
愛知県愛知
級別備考
A1SG優勝1回、G1優勝7回

スピード屋として知られる仲口博祟選手は、地元であるボートレース常滑において、1800mのレースを通常1分50秒弱でゴールするところ、1分44秒1でゴールし、同場のコースレコードホルダーとなっています。

また、1996年のSGデビューから「いつSGを優勝してもおかしくない」とされてきましたが、中々SG優勝には手が届かず、SGデビューから18年の2014年、41歳の時にSG優勝戦8回目の挑戦でSG初優勝を成し遂げました。

蒲生秀隆のモデルは「山室展弘選手」

蒲生秀隆

SGやG1の斡旋を断り続け「一般戦の鬼」と呼ばれる蒲生秀隆のモデルは、実際に記者に対して愛想が悪いことやインタビューが多いことから、SGやG1の斡旋を拒否をすることで知られる山室展弘選手がモデルとされています。

蒲生秀隆と山室展弘
登録番号登録期
307051期
生年月日身長
1961年6月8日168cm
体重血液型
52kgA型
出身地支部
岡山県岡山
級別備考
A2SG優勝1回、G1優勝7回

前述のとおりマスコミを苦手とする山室展弘選手は面白い一面もあり、口癖として「選手を辞める」という発言でインタビュアーから「それ5年ぐらい聞いてるよ」と突っ込まれたり、たまに出場したSGの勝利者インタビューで長渕剛の物まねをして「どうもヤマブチです」などと言って笑いを取ることもあります。

そんな山室展弘選手ですが、かつては1年間の内にG1レースで2回ほど優勝を成し遂げたり、また通算で2500勝も達成しているため、実力は折り紙付きといえる選手です。

浜岡猛のモデルは「矢後剛選手」

浜岡猛

浜岡猛は波多野憲二の先輩であり、意外に面倒見のいい浜岡のモデルは、実際に濱野谷選手の先輩にあたる矢後剛選手と言われています。

浜岡猛と矢後剛
登録番号登録期
334762期
生年月日身長
1967年2月11日164cm
体重血液型
57kgA型
出身地支部
静岡県東京
級別備考
A2SG優勝1回、G1優勝1回

矢後剛選手のSG優勝は2000年の総理大臣杯のみですが、この開催はかつての地元だったボートレース浜名湖で開催され、優勝戦では1号艇で水面は荒れていながらも「ピット離れが同体ならインコースは絶対譲らない」と表明し、その決意通りにインコースを死守してSG覇者たちを蹴落としてSG初優出で初の優勝を成し遂げます。

G1での優勝は、それから5年後の2005年ボートレース津の周年記念となりますが、この時1号艇に座っていたのは濱野谷憲吾選手、4号艇には後述の山崎智也選手がいました。

そんな中、優勝戦出場選手インタビューで6コースがいいと言った矢後選手は、実際に6コースに進入し、まくりを決めて優勝しました。

榎木祐介のモデルは「植木通彦選手」

榎木祐介

艇王と呼ばれ、高勝率を残している超一流レーサー・榎木のモデルは実際に艇王と呼ばれながらも2007年に引退し、現在はボートレースアンバサダーとして活躍している植木通彦さんがモデルと言われています。また、波多野憲二の復帰戦のエピソードも植木さんがモデルと言われています。

榎木祐介と植木通彦
登録番号登録期
328559期
生年月日身長
1968年4月26日165cm
体重血液型
51kgO型
出身地支部
福岡県福岡
級別備考
A1(引退時)SG優勝10回、G1優勝23回

植木さんは1993年SG総理大臣杯優勝戦で当時SG初優出ながら、ターンの種類であるモンキーターンを初めて使って優勝しました。

その後も活躍を続け、1996年には公営競技で初となる年間獲得賞金2億円を達成しました。

その後も順風満帆な選手人生を過ごしてきましたが、2007年頃に「20年間、命を懸けて走ろうと思い、その20年が来た」ことを理由に現役を引退。

現在のボートレーサー養成所の校長などを経て2018年6月、ボートレースアンバサダーに就任しました。

櫛田千秋のモデルは「寺田千恵選手」

櫛田千秋

「最強の女子選手」と言われつつも「クッピー」の愛称で親しまれ、同支部の後輩である青島優子を可愛がっている櫛田のモデルは、2001年の女子選手で初めてSG優勝戦に出場した寺田千恵選手と言われています。

櫛田千秋と寺田千恵
登録番号登録期
343565期
生年月日身長
1969年4月11日156cm
体重血液型
46kgO型
出身地支部
福岡県岡山
級別備考
A1G1優勝2回

寺田千恵選手の公式な出身地は福岡県となっていますが、実際には山口県で生まれました。

寺田千恵選手は幼少期に父親を亡くし、福岡県で母親に育てられたことから山口県での記憶はほとんどない状況です。

その後、母親から勧められてボートレーサーになり、2001年には年間獲得賞金6721万5000円で歴代1位になるなど、女子選手の中心となる選手として活躍してきました。

ですがタイトルは縁遠く、2007年の女子王座決定戦でようやくG1初優勝を成し遂げます。この時の開催地は生まれ故郷である山口県にあるボートレース徳山でのことでした。

それからさらに3年後、同じく山口県のボートレース下関で開催された女子王座決定戦においても優勝を成し遂げました。

潮崎俊也のモデルは「山崎智也選手」

潮崎俊也

群馬支部に所属し、艇界の貴公子と呼ばれる甘いルックス。SG制覇の実力から女性ファンに人気の潮崎は、実際の群馬支部に所属し、端正な顔立ちの山崎智也選手がモデルとされています。

また山崎智也選手自身、河合さんの書いた漫画「帯をギュッとね!」のファンであったことなどから河合さんは山崎智也のファンになったと言われています。

潮崎俊也と山崎智也
登録番号登録期
362271期
生年月日身長
1974年3月11日165cm
体重血液型
55kgA型
出身地支部
群馬県群馬
級別備考
A1SG優勝11回、G1優勝31回

山崎智也選手は1992年にデビュー。1997年にSGデビューをすると、同年2回目のSGに出場し見事優勝を成し遂げました。

また、その翌年には地元のボートレース桐生で開催されたSG笹川賞を制するなど、2001年までに5年連続賞金王決定戦出場という記録を打ち立てますが、その2001年賞金王決定戦優勝戦でフライングをしてしまい、2002年のSG出場権を失ってしまいました。

その後、2010年12月に当時現役だった横西奏恵さんと結婚し、横西さんと元夫の佐々木和伸選手との間に生まれていた小葉音さんを養子として引き取ります。

そして2012年12月、横西奏恵さんが現役引退を表明し、山崎選手自身6年ぶりの賞金王決定戦出場ながら優勝戦に駒を進め、11年前のリベンジを果たし、ピットにいた奥さんの横西奏恵さんの目の前で賞金王決定戦制覇を成し遂げます。その6年後の2018年、小葉音さんがボートレーサーとしてデビューしました。

犬飼軍志のモデルは「大嶋一也選手」

犬飼軍志

巧みな試合運びで知られ、節の途中でもモーター整備や体調管理などすることがなくなると体力温存のために昼寝をする犬飼のモデルは、2017年に引退し「競艇の「イン屋」総まとめ」でも取り上げた大嶋一也さんと言われています。

犬飼軍志と大嶋一也
登録番号登録期
301049期
生年月日身長
1958年1月28日163cm
体重血液型
51kgAB型
出身地支部
愛知県愛知
級別備考
A1(引退時)SG優勝1回、G1優勝13回

大嶋一也さんは、SGタイトルこそ1999年グランドチャンピオン決定戦の1戦のみですが、G1優勝はタイトルが確認できるだけでも、2007年の名人戦以外にも1997年の鳴門周年、1998年の浜名湖モーターボート大賞、芦屋周年、2000年の宮島ダイヤモンドカップ、大村モーターボート大賞、2001年の蒲郡モーターボート大賞があります。

大嶋一也さんは2017年、腰のヘルニアに悩まされていたことや肩の負傷などを理由に現役を引退しました。イン屋として活躍した最後のレースは6号艇から2コースに進入し、2着でした。

高橋香子のモデルは高橋香代

高橋香子と高橋香代

リポーター役の高橋香子にもモデルがいます。1993年ミス小樽、第2代モーターボートクィーンの高橋香代さんです。

芸能活動時代はホリプロに所属していましたが2002年にニューヨークに渡り、女優を目指して活動の場を広げているようです。

まとめ:モンキーターンを読んで更に競艇ライフを楽しもう!

ボートレーサーを目指す人にも、ボートレース初心者にもバイブル的存在だった漫画・アニメ「モンキーターン」。

当時と今ではルールなど若干異なる部分があるものの電子書籍などで現在も読むことが出来るので是非読んでみてはいかがでしょうか。

そしてモデルになったレーサーなどをきっかけに実際のボートレーサーを見てみると、ボートレース観戦がより一層面白くなるかもしれません。